Junichiro

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一番カッコいいからや

これも師匠の言葉なんですけれども。飽きもせず、よく書けるもんだなと思います。自分でも。同じ人の話ばかり。これまでに2つの質問の答えとして聞いたことがある気がします。ひとつは、なんで海軍入ったんですか?の答え。もうひとつは、新聞記者になった理由の答え。新聞記者になった理由については、親父がやってたからや、とか、金がなかったからや、とか、若い男がいなくてすぐに雇ってくれたからや、というのも聞いたことがあります。全部本当なんでしょう。お父さんやってたし、コネあったし、手っ取り早かったし、まあ、カッコイイし。みたいな。一方で、海軍に関しては、カッコイイから志願したということ以外聞いたことがありません。背が低い奴はなれないんや、とか、お前みたいなブサイクがなれるか、とか、何度も言われました。カッコイイ男であるために志願したんです。陸軍はまったく検討しなかったそうです。価値観に合わなかったのでしょう。師匠の場合、カッコイイか、カッコ悪いか、は大事な行動指針です。カッコイイの価値観も人によって違う訳ですが、師匠の場合、カッコ悪いこと我慢してやるなんて事はありえません。そもそも我慢は嫌いや、とよく言ってるので、間違いないです。カッコいいか、わるいかで行動を決めると、背伸びや見栄を張る機会が増えるので、大変です。しかし、価値観が日々洗練されることでしょう。人間がはっきりしてきますよ。

明日から来い

なんでも自己流でやっていた20代も、後半に差し掛かった頃。自分のやっている事が、所詮誰かの焼き直しにしか思えなくなり、個性を求めて己を見つめ直そうとすると、毎回同じ結末になるという、どこにでもあるような壁に、私なりにぶちあたっておりました。その頃「伝統芸能はいいなあ」とか「誰か師匠につきたいなあ」なんて甘〜い考えを密かに抱いていたわけですが、何年か後、芝居をやめて、「今回の人生はしばらく面白いこともないかも〜」とかふらふらしていたら、「わしゃ、焦っとんのや」と凄む、当時85歳の師匠に会ったわけです。「やりたいことがたくさんあるのに、俺にはけっこう時間がない。お前、俺の代わりにやる気あんのか、どうせないだろ」達観するでも、凄むわけでもなく、忙しいのに時間がないことにイライラしている85歳を見て、とても驚きました。「やりますよ」「じゃ明日からこい」「2週間待ってもらえませんか?」「なら、いい」「明日から来ます」と言って、ヒヤヒヤしながら1週間後に出社したら、「誰や?」と。これが師匠との出会いです。3年間は何も考えず、言われる通りにしようなんて思ってたら、「やりたいことなんて元々何もなかったんじゃないか?」と思えるくらい、起きている時間は受けた指導を消化するだけで、時間が過ぎて行きました。かつて望んだ弟子入りは、こんなに辛いものかと、笑いがこみ上げるほどでしたが、同じように砂を舐める兄姉弟子たちがいたので、なんとか、やってこれました。師匠は、今日も焦ってました。

劇団はあはあ

20代前半は「天才だなあ〜」と嫉妬に駆られる人との出会いがちょくちょくありまして。あまりにちょくちょく現れるので、「これは、俺が凡人だけなのかも」と、よく落ちこんだものです。そんな風に私を苦しめた一人が、森達也という男です。映画監督の森達也と同姓同名ですが、別人です。神様プロデュースという、なんとも高飛車な名前の劇団を率いた劇作家でした。稽古場では、役者に即興コントみたいなものばかりやらせて、ケタケタ笑っているだけなので、関係者は「コント集みたいなもの演るんだな」と思ってるのですが、劇場に入ると、そのコントにスライドで言葉を載せて、全く別の物語を作ります。コント集を作ったつもりでいた役者陣は、それが物語のピースに過ぎなかったことを知り、劇場で誰よりも驚くことになります。劇場で初めて役を知る訳ですから、役者はぶっつけ本番でその人格を演じることになります。作り込んだものとは異なる、かろうじて成立する物語世界が立ち上がるのです。動きは全て決まってるのに、人格だけは当日ぶっつけで演るみたいな芝居ですから、役者は整合性を取るのに必死です。とても臨場感のある芝居になるのです。役者を躍らせ、客を手玉にとる、なんとも性格の捻くれた人です。そんな彼と一回限りの期間限定劇団を作ったことがあるのですが、その時の劇団名の候補の1つです。劇団はあはあ「絶対に気合い入らないものにしようよ」打ち合わせで彼は言いました。彼からでてきたユニット名です。ブログをやるにあたって、頑張らないと誓ったのに、やはりカッコ良いこと書きたがる気持ちが芽生えてくるので、面倒くさくなりました。で、昨日は一生懸命、書く前に「股間、股間」と呟いて脱力を試みましたがダメ。股間について書いたら、権威が失墜しちゃうじゃないか、とか、まあ、そんなことまで考えたのです。だせえなあ。で、思い出しました。絶対気合いの入らない劇団の名前を。ちなみに、当時、ユニット名は、しゃっくり君に落ち着きました。はあはあの方が良かったな。森達也、最近何しとん?

人たらしの怪物に会った

4時間の取材。総じて取材が長くなりがちな私ですが、4時間はあまりないです。いや、そんなこともないか。会えば必ず4時間以上話す人もいないわけではないですが。まあ、珍しいことではあるのです。飯塚俊哉さんは、東急エージェンシーの社員でありながら、JOCやらラグビー協会やらJリーグやらbリーグやら、はたまた、芸能・芸術分野にまで幅広い交友関係を持たれています。広告マン、企画屋さんたるもの、それが当たり前なのかも知れませんが、記者という似たような仕事をしていながら、こうも違うかと、感服した次第です。機関銃のように喋ります。私も喋る方だと思いますが、今日は、私の2倍喋られてしまいました。完敗です。でも、怪物が顔を覗かせたのは、取材が終わってからでした。東急エージェンシーの建物を出てお別れのご挨拶をしたつもりが、「ええ、ええ」と言って会話を続けます。同じ方向に歩くので、近くのビルに、別事務所があるのかなと思っていたら、どこまでも、一緒です。「飯塚さん、大丈夫ですよ」と私が言っても、「ええ、ええ」と、まるで意に介せず、会話を続けます。とうとう、赤坂見附の駅に着き、ついに改札機の前でPASMOを出すところまで、送られてしまいました。こんなことってあるでしょうか。一緒にいた長谷川が、銀座線に乗った瞬間大きく息を吐き、「人脈だけで食ってる人だ」と、言いました。だけか、どうかは別にして、すっかり怪物に喰われてしまったわけです。人間界にはたくさんの怪物が紛れています。やっぱりこの仕事はやめられないなあと、思った次第です。